カナダのバンクーバーにわざわざ就労ビザを取りに行ったよ

またカナダのバンクーバーの空港からこれを書いていますが、なんかブログ書くのが出先ばかり、という感じになってます。でも出先の方が考える時間も多いしまとまって時間が取れるから好き。

 

この夏に移住することを考えていて年単位で準備をしていたのですが、年明けになって急に「カナダのビザ発給が厳しくなってるらしい...」という情報が出始めました。お願いしているコンサルタントの方からも「最近申請した人みんな落ちてます...」的なことを聞いてて、こりゃまずいということで2週間くらい本気で準備してました。

僕が申請したのはICT-WPと呼ばれる就労ビザで、こちらに会社を作って日本の親会社から子会社に経営者として移ってくるというスキームのもの。一応、日本での会社の経営経験もそれなりにあるし、IT業界の中で専門性もあるので具体的な事業プラン書くのに困らなかった、というのは恵まれていたかも。知り合いからリファレンスレター書いてもらったり、銀行の残高を多めに積んだり、事業の成長蓋然性が見えるように色んな工夫をしました。本当はオンラインでも申請出来るんですが承認まで1-2ヶ月時間が掛かってもはや時間が無い(落ちたらプランBが取れない)し、国境審査だと一定コミュニケーションも出来る可能性あるということで、バンクーバー国際空港(YVR)の移民審査のでビザチャレンジするためにわざわざこっちに飛んできました。

 

 結論、無事に通過!!

 

思ったよりすんなり通ってしまったぞ… こういう試験みたいなの受けるのっていつ依頼だろう。あーよかった。 でもこっち来てやったのって書類出しただけで、あとは「指紋取るからコカコーラのマシンのとこ来て」って呼ばれて部屋入って雑談したくらい?最大限、怪しいもんじゃないよアピールするために家族の話したり(先週の卒園パーティでみんなでどんなダンスを踊ったかという話)、兄弟の話したり仕事の話ちょっとしたり。あとはなかなか指紋取れなかったので二人で試行錯誤して何とか取れたというその体験の共有が大事だったのかも。

ということで1週間、こちらでSIN Number取りに行ったり車見に行ったり家探ししたり、こっちの知り合い紹介してもらって色々とお話し聞いたり、ビザのコンサルタントの方と喜びをわかちあったり、、あと銀行の口座作ったりしました。落ちてたら失意の1週間で何もすることが無かった可能性ある...

 

と、言うわけで夏頃には家族で引っ越すことがほぼ決まりました。日本にいる期間もあと3ヶ月くらい(また適当に帰っては来ますが!)なので、日本でしかやれないこともう少しやっておきたい。あんまり会えない人にも会っておかないとね。

 

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「迷ったら、経験したことが無いものを選ぶ」

 

と言うのが、夫婦の選択の重要な基準だったりする。居心地が良くなり過ぎると意識的に何かを変えて、というのはこれからもやってきたしこれからもそうなのであろう。自分は根っからのゲーマーだから「経験値を増やしたい、レベルアップしたい」って本当に思っているし、子どもたちにもそうしてあげたいと思っている。

こっち来てより思うけど日本はめちゃくちゃ良い国です。だって日本語通じるしね。居心地良いか悪いかで言うと自分にとっては全然良い。そして良くも悪くも、10年後20年後くらいの見通しは立つ。立つようになってしまった。(立つように生きているから、それは計画通りなのですが。)

でも今の感覚って15年くらい前に自分が就職する先を決めた時と全く同じ感じがしているんですよね。あの時の自分の感覚、昔の日記どっかに書いたきがするなーと思ったら2007年4月の日記に本当に書いてあった… 以下抜粋。なんか書きっぷりが子どもっぽいぞ...(当時22, 23歳か?)

ここ数日色んな人と就職先の話をするんだけれど、
一番のポイントは先が見えるか見えないか、というところだと思う。
こっちの場合、良くも悪くも「先が見える」わけで、
向こうの場合、そうではないと。

「多分この会社に入ったらこういう生活して、
いくつになったらこういうことして、このくらいもらうだろうなー」
というのがものすごくリアルに描けてしまう。
それが別に嫌なわけじゃなくて。すごく平和。
きっと80~90点くらいの楽しい人生が送れると思う。(予想)

でもねー。100点じゃないもんな・・・
向こうに行くと、可ギリギリの60点かも知れないけど、
もしかすると100点かも。良くも悪くも「先が見えない」わけで。

多分面白いのって、見えないところにあるのかな。
自分が自分の予想をしていない状態になった時、
それが良かったり悪かったり、感動するんだと思う。
ずっと感動して生きていけたらなぁって思う。


やっぱり答えはもう出てるな。
考えてるフリをしてみたけど、答えは最初から変わんないわけで。

ようやく、電話してきます。

 

100点を目指す、かぁー。「ずっと感動して生きていいたい」って良いね。君は間違っていなかったよ。

でも、今の自分は別に生きているうちに100点に到達出来るとは思っていないかもしれないな。それに到達する時は自分の終わりの時であろうと思う。わからないことに挑戦することが一番楽しいし、未知のものを既知にして、積み上げていく感覚というか。今回も銀行口座作るだけでドキドキする感覚、日本にいたら何でも無い事務作業で面倒なだけなのにこっちだと「聞き間違えたらどうしよう」とか思いながら、一言一句聞き逃さないようにして、「振込の上限金額ってどうやったら上げられますか?」って英語でなんて聞けばいいんだろうとか、それだけで楽しいだなんて。日々を楽しくすることが、引っ越すだけで出来るとは、なんてラッキーなんだとすらちょっと思う。

しかし、子どもたちがラッキーだなんて申し訳無いけど全然思わない。むしろ彼らには良い迷惑かもしれない。でも、色んな選択肢がある中で住む場所だったり、何をしていくかは選んでほしいと強く思う。色んなものを見て考えて、その中で世の中や社会に対して自分が出来る最大のことはなんだろうか、って考えた上で積極的に選んだのであればそれはどんな選択であれ応援したい。

生まれて来たからには自分と社会がどちらも幸せになる一番良い形を見つけてほしい。そのための材料を少しでも多く与えてあげられれば親としては本望だなと思います。(短期的には、早く日本帰りたい!とかいっぱいケンカするんだろうなーとは今から思いますが!)

 

というわけで、今後ともよろしくお願いいたします。まる。

おもしろきこともなき世をおもしろく

おもしろきこともなき世をおもしろく

住み成すものは心なりけり

--高杉晋作

 

あけましておめでとうございます。2024年になりました。年明け早々色んなことがありますが頑張っていきましょう。世の中で起きていることに比べれば大したことないのですが、昨日急に人中の辺りが腫れてゴリラみたいになりました。一日で治ってよかった。(なぜ腫れたかは不明。。治らなかったらと思うと怖すぎる。。)

 

おもしろき

冒頭の「おもしろき〜」は、尊敬する初代社長が好きな言葉で以降僕も座右の銘のように感じている言葉です。気の持ちよう次第で何でもおもしろくなるし、おもしろくなくもなる。あらゆるものに当てはまると思うのでこれは至言だと思うわけです。Follow Your Heartというのも同じ。だから好き。

 

少し前の会社のイベントで、前に立った子がみんなに送る言葉として

「おもしろがろうぜ!」

って言ったんです。こいつめちゃくちゃわかってるなと思ってちょっと震えた。自分の言葉で高杉晋作みたいなこと言えるのは相当かっこいい。

 

ピースの綾部さん、日本でのお笑い辞めてニューヨーク行った熱い人、、くらいのイメージしか無かったんだけど、この記事読んでだいぶイメージが変わった。ちょっと文脈は違うんだけど。

とにかく僕は、「綾部だから挑戦できる」と言ってる人はおかしいと思う。本気で言ってますか?と聞きたいです。

とか。言いたいことは「やれば出来るはずなのに言い訳してんじゃねーよ」ってことなんですが、これも趣旨としては同じだよなと感じます

newspicks.com

 

ただ愚痴を言うのではない

だから、愚痴を言ったりただ文句言うだけの人が、ほんと理解出来なくて。だって大体のことは気持ちの持ちようで良くもなるし、自分の行動で変えていくことが出来るはずなのに。そこで取る選択肢が何で「愚痴を言う」に留まっているんだろう、、と言うことを自分も愚痴っていたんですが。

それだと自分もカッコ悪いなと思ってもう少し考えていると、自分にもそれを何とかする手伝いくらいは出来るんじゃなかろうか、と最近は思うようになりました。本当に何かを変えることが出来ると思えていないのか、それとも方法を知らないだけなのか、あるいは愚痴を言うことが趣味なのか…

それでも、世界をおもしろくするのは自分の心であると言うことに気付きさえすれば。Follow Your Heartで生きれば良いと言うことに気付ければ。綾部さんだけが出来るわけではないと気付ければ。

 

目の前であまり前向きになれてない人がいたら、何かの形で少しでも前を向けるように応援したいよなーと、この年末年始で色んな人に会ってまた思ったのでありました。まずは自分自身、それを体現し続けたい。

だから今年も「飛」と書き初めで書いてます。いつまでも飛び続けて広い世界を見て、色んなことを感じて生きて、世の中に何かを還元して生きていくことが出来れば。それが自分のありたい姿だし「自由」だと言うことなんだと思っています。2024年もがんばっていきましょう。まる。

バンクーバーで3週間フィジビリ生活をしてみた 〜1日目〜

さて、表題の通りです。8月4日〜22日までの約3週間、お試しでカナダのバンクーバーで家族全員で暮らしてます。「旅行します」じゃなく「暮らす」と書いてるのはいずれ住みたいなーと思ってるからでありまして、気持ち的には「フィジビリ」という感じなのです。

なぜバンクーバーなのかというと、いろいろ考えた結果この辺りがポイント。

  • 英語圏
  • 治安が良い
  • 色んな文化に触れられる

一番大きな理由としては、将来のことを考えると子どもたちが小さいうちに海外で過ごす経験をさせておきたいということ。あとは「そのうち海外で暮らしたいよね」というのは結婚する前から言ってたことなので、もう40歳だしそろそろやなということでやっております。短い人生だし、ほんとにやりたいことはやれるうちにちゃんとやっとかないとね。後悔しちゃいますから。

 

ちなみにこれを書いてるのは12日なので今日で8日目、少し落ち着いてきたので日記をまとめながらpostしていきます。(あとでその日の投稿日時に変更予定。)

 

1日目 バンクーバー到着!

準備をバタバタしながら、出発。家族6人で荷物はスーツケース3つ分。一番下の子がまだ小さいので一番場所取るのは「おむつ3袋」って言う…まぁ、現地で買えば良いと言うのもありますが、とりあえず詰められるだけ詰めました(※それでもあとで、3袋じゃ足りない事態になる…)

羽田からのANAのバンクーバー直行便はやはり快適… 羽田は最近めちゃくちゃ綺麗なのでなんでもありますね。昔住んでた大塚にあったおにぎり屋さん「ぼんご」の分家?みたいなのが出来ていて、ついて食べてしまった。ラインナップこそ本店にかなわないけど味はだいぶ似てました。飛行機は22時頃発なので子どもたちはよく寝てくれました。自分はと言うと、huluでダウンロードしておいたガンダムSEED見まくってしまった。

そしてバンクーバーに到着。Airbnb(エアビー)で借りた家までUberで。家族全員でいくと、Uber一つとっても体験が新しい。。なんせ6人で移動すると普通の車だと乗れなかったりするのでUberXLにせざるを得ない。しかもXL(6人乗り指定)だって言ってんのに普通の4人乗りの車来るし・・・多分運転手さんもまさかMAX人数で来ると思ってないのかもしれん。

ちなみに家はすごく良い感じの2LDKで、大家さんが住んでる家の1Fを改装した感じ。広い庭がついていて素敵です。大家さんとも話したけどめちゃくちゃ余裕があると言うか。人によるんだろうけど別にお金のために貸してないような感じの人だとそうなるのかも。下の子が庭のトマトむしり取ってたんですけど笑顔で許されました(すいません)

で、ランチにチャレンジしようと近くの中華屋さんに行ったら準備してたクレカが使えなくていきなりピンチに…よく見たらカナダのクレカか、あるいはデビッドカードしか使えませんって書いてあった!やばい現金持ってないぞということで、閉店5分前のATMまでダッシュでお金をキャッシングしに行きなんとか現金をゲット。なんだかんだ現金はいるのかもしれない。帰りにスーパーでフルーツとかを山盛り買って帰宅。スイカが超安い。そして現地産のチェリーが大変おいしくてよろしいです。なんか値段は全部日本の2倍くらいを覚悟してたんですが普通のスーパーだと全然そうでもなくて、普通の日本の相場観と変わらない感じ。物によっては日本より安い。

明日からいろいろ整えていきますが、初日はそんな感じでバタバタしながら終了。と言うわけで2日目に続きます!

戦友との別れ(お墓参りオペレーション その5)

会社で2011年〜2016年?2017年?くらいまでの長い間働いてくれていた人が突然亡くなったので、火曜日にお葬式に行ってきました。厳密にはお墓参りではなくお葬式なんだけど、同じシリーズとして書いておきます。

-お墓参りオペレーション
-田舎の時間の流れ方(お墓参りオペレーション その2)
-供養する人される人(お墓参りオペレーション その3)
-今の自分の礎になっているもの(お墓参りオペレーション その4)

 

Sさん

気のいい陽気なおじさんで、みんなから愛されていた。飄々としていつもお酒飲んだりタバコばっかり吸ってたけど、別の大きな会社の取締役をやっていたこともあり結構すごい人だった。「そんなの、てきとーでいいんだよてきとーで!」とか、「君はどうしたいの君は」っていっつも言われてた。でも今考えるととても本質的なことしか言わない人だったように思う。

よく思い出すのは、今の会社で作っているサービスの最初期バージョンの検討をしていた頃「商品ってのはパンフレットから作るんだよ!」ってずっと言ってたこと。当時はあんまりピンと来なくて。「そういうもんですか」って聞き流してしまってたけど、今ならわかる。お客さんに何を言いたいのか、なんで買いたくなるのか、なんでこれを使うべきなのか、、ということがちゃんと伝わらない商品は、実質的に無価値であり。ちゃんと買う必要があるものをそもそも作る必要がある、だから出口である「パンフレット」からやるべきなんだと今ならよくわかる。(たまに自分でもメンバーに言ってる)

 

ゲーマーとして

ずっと二人でお昼休みにゲームしてた気がする。よく覚えてるのはモンスターハンター3とか、ドラクエモンスターズ(たしかJoker)、あとはドラクエ10とか。ドラクエ10に至っては僕の方がついていけなくなって一緒に遊べなくなってしまった記憶がある。スプラトゥーンも確かずっとやってた。

ニンテンドースイッチの機能で、友達がログインすると「xxがオンラインになりました」って出るんだけど。会社を卒業してからもずっとそれが出てくることで「元気だなーって」いつも思ってた。2023年に入ってからもスプラトゥーン3とかポケモンバイオレットをやってたはずで。僕がスプラを家族とやってると、部屋に足跡をいっつも残してきて「xxが入室しました!」ってログばっかりスプラのログに残ってた。(でも一緒にはプレイしない)

子供たちが「このxxって人誰?」っていつも聞いてくるし、久しぶりに会いたいなって思っていた矢先のことだった。これはとても悔しい。

 

お葬式

生田、という駅の近くに住んでるっていうのは前に聞いていて。お葬式はその近くだったので「ずっと同じ家に住んでたんだなー」って思った。昔からいる会社の仲間数人と一緒に向かい、お別れをした。うちの会社に昔いた人たちが大勢いて懐かしかった。

これは10年以上前にも書いたけど、お墓参りにせよお葬式にせよ、こういうイベントは亡くなった人が生きてる人たちを結びつけてくれる大事なイベントというか、貢献だと思う。だってこういうことが無ければ僕も会社の同窓会みたいな形でみんなに会うことはなかったから。

www.mantol.net

 

「ひさしぶりですね!また近いうちに会いましょう」って言っても、どれだけの人が本当に会うのかはわかんない。でもこうやって結びつけてくれたことはとても意味があるし、過去を振り返りそしてまた未来に向かって生きていく、今を生きている人たちのためには絶対に必要なこと。今日は会社の査定会議があってどうしても出ないといけなかったんだけど、、一人だけ遅刻してメンバーには申し訳なかったものの、ちゃんと行ってよかった。

 

感謝された

結婚もされてなくて一人暮らしだったし、SNSとかもやってないし、あと突然のことというのもあり。僕が訃報を聞いたのも偶然に近かった。自分が知ってる、彼と仲良くしていた人にこの件を伝えまくった結果、多分10人か20人はそれだけで参加者が増えたように思う。そして、お葬式が終わって意外なくらい「教えてくれて本当にありがとう」という連絡が来た。

そりゃそうだよな、と思う。多分この場自体、文字通り最後のお別れなわけだし。もう故人と話すことは出来なくてもまだ一番、その時にできる偲ぶ方法としてはこれが一番だったはずで。そう思うともっと色んな人に伝えてもよかったのかな、なんて思う。

 

お葬式の会場に行くと、遺品が色々と置かれていて。スプラトゥーンのamiiboや、うちの会社を卒業する時に渡した寄せ書きが置かれていた。しかも僕と彼が一緒にBBQしてる写真のページが開かれてた。さすがに泣いた。ニンテンドースイッチのフレンドリストの一番上に彼が残ってる限り、ずっと忘れないと思う。スプラトゥーンが4になっても5になってもまた「僕もうS+になったよ〜」とか言うんだろうなーって思い出す気がする。そうやって自分の中に生き続けて欲しい。彼もまた今の自分を育ててくれた恩師の一人なので。

オーストラリアにて

いやまぁ、僕は行ってないんですけどね。奥さんと上の二人がオーストラリアに2週間ほど行ってまして、今日帰って来ます。3人にとって中々無い経験だと思うし、残った僕と下の子二人にとっても良い経験だったと思います。

 

彼らにとって、日本語が通じないところで半月もいるというのはそれはそれは異世界だったのではないかなと。僕でも最長で1週間ほどしか滞在したことないので羨ましい限り。。若いうちに世界は広いということをちゃんと実感すれば、そもそも日本にこだわって生きる必要ないよね、ということに気付けると思う。知識と経験が無ければ何かを判断することなんて出来ないわけで。そのためのベースになるものを手に入れられたならよかったと思います。世界は広い。本当にただそれだけ。

 

こっちはこっちで、いわゆるワンオペ育児というものを久しぶりにやったのですが、これも慣れみたいなものがあり。ご飯も作りに来てもらったりしたのでそこまで大きなハードルは無く。むしろ一人しかいないとあまり構ってあげられず子どもたちの精神面が大丈夫かな、というのが一番心配だったけど半月ほどならどうやら全然大丈夫なようでした。ただ、さすがに全然出かけないのもなーと思って平日に休み取っていちご狩りに行ったり大きな公園に行ったりして、これはこれで3人の思い出になったと思うのでよかった。でも田舎の方に行くと駅にエレベーターなかったり、電車やバスの本数が少なくてそれがシンプルにつらかった…。

 

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2週間だったけど、こうやって「いつもと違う2週間」って区切って捉えることが出来たということ自体がよかったように思う。自分にとって上のこと以外の新しい体験も出来たし、仕事も期初期末を挟んでいろんなことがあるし(いろんな人を送り出したり、新しい人がいっぱい増えたりした!)、半年くらい考えている件も進展があったり。あとは投資を始めたり。自分の仕事を新しく見直したり。大航海時代Originはじめたり。あとは、娘の代わりに高校の新入生と並んで教室の机に座ったり。。(ぜひ36人の新高校1年生+おっさん1人が教室で並んで座ってるのを想像してほしい…)

 

今回は奥さんがちょうど良いタイミングだったのと学校が春休みだったけど、こういうイベント自体別にどんどん作り出せるよなーと思う。イベントというかこういうことがあるのがむしろ日常になっていったらもっと自由だよな、とも。「子どもが大きくなったら世界旅行したいね」とかって、思う人もいるかもしれないけど、僕的には歳とってからそれやってもあんまり嬉しくない気がしている。今のうちから子どもたちも含めて世界中を旅しながら生きられたらもっと自由で幸せだろうなーなんて。

家庭のことでも会社のことでも同じじゃないのかな。自由を感じるために、感じられるように生きる。そのために色んな出来事を自分で作っていく。こういうのはわかりやすい、幸せを作るための仕掛けな気がするので。どんどんやっていきたいなと思ったのでした。経験したことが無いことを経験するために生きているわけですもの。まる。

みんなコミュニティの中で生きている

最近びっくりしたことがありました。会社のイベントで会社の新メンバーと話す機会があったんですが、彼がこのブログを読んでいたということ…!しかも過去の記事も。。はずかしい! でも全然嫌とかじゃなく、むしろありがたいというか。ブログ読んでうちの会社のこと悪く思わなかった、とのことなので少しは会社の役に立ったのかもしれません。

 

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会社のイベント、研修的なものをオフィスから離れたところでやったのですが。いわゆる非日常的な空間で、仕事を離れてやるやつでした。飲み会もあったり色んな催しがあって楽しかったです。その中で気付いたのが、自分が知らないうちに色んなコミュニティが社内に出来てるんだなーっていうこと。

ガンダムが好きとか、ゲームが好きとか、コーヒーが好きとか。(これは全部僕ですが。)まぁなんだっていいんですけど。この日もそれぞれ、飲み会に参加したり(飲み会も会場が何個もあったり)、電車乗って旅する人もいれば、スキーに行くメンバーもいるし、買い物や観光に行くチームもあったりする。誰かに言われることもなく自然発生的に、仕事でも趣味でも共通の何かがあれば何でもよくて、何かあれば人は集まってそれがコミュニティ(共同体)になってゆく。コミュニティへの参加は当然重層的なもので、誰しも複数の何かに自然に属しています。家族の輪、友達の輪、地域の輪、同じ職場の同じチームの輪…いっぱいありますね。

何かに属していることで帰属意識が生まれ、仲間意識が生まれ、良い意味でも悪い意味でもしがらみ的なものが生まれていく。逆に何にも属していないと何も失わない代わりに何も生まれなかったりする。会社をやっていて、どうやったら長く居続けられる会社になるんだろう、ということをよく考えます。最近の一つの答えは、彼ら/彼女らが会社の中で何かしらのコミュニティに参加していて、そこでの共通の何かを持てていれば、結構大丈夫な確率上がるのかなって思うわけです。

しがらみ、というととてもネガティブだけど、そこにいる誰かのためや会社のためお客さんのため、コミュニティに属することで何か自分にとっての楔というか、何か居続ける理由がそこに生まれるなら、それはもうありがたいことです。縛り付けるつもりは全くないけど勢いだけで辞めずに済むなら、それはお互いにとって良いことな気がするんですよね。なので新しく会社に入って来てくれる人たちにとって居心地が悪くない場所は作っていきたいと思います。それはきっとお互いのためなので。

怒る自分の感情の自己分析2

このエントリを書いたのはどうやら10年前のようなのですが、2が出なかったということはアップデートが無かったということ。自分の中では結構な真理だったつもりなんだけど、いまその2を書いてるということはアップデートされたということなので、それを書いておきます。

www.mantol.net

 

期待が裏切られた時に怒る、ということが書いてあります。それはまぁそうなんですが、「期待ってなんやねん」というのが何とも抽象的で、何を期待しているのか長いこと言葉に出来ていなかった。

 

最近気付いたのは「まじめにやらない」ことに対してすげー怒ってるなということなんです。逆に言うと「真剣にやる」「全力でやる」「本気でやる」「真摯にやる」「最大限やる」ということが自分にとってとてもとても大事なんだなってことに気がついた。

仕事でもなんでも、ぶっちゃけ、結果は二の次なんですよね。出来る限りのことをやりきってくれさえすれば、どんな結果になっても全然腹も立たなくて。次頑張ろうねって素直に思える。でも、まじめにやらないのは結果以前の問題としてめっちゃくちゃ腹立つ。

 

社長として父親として、より良く生きていくために何が大事かってよく考えるんですけど。人間に出来る数少ないやるべきことというか、使命みたいなものって「本当に文字通り命を燃やしていると言えるくらい本気で生きること」しか無いと思うんですよね。上の娘にもつい言ってしまった。「とにかく本気で生きろ。そしたら何があっても全力で助ける」 きっと娘は(うわ、またおっさんが暑苦しいこと言っとる…)って思ってることでしょう。

 

真剣にやらないのって、もはや生きることへの冒涜というか。何やってんのって思ってしまう。だから、自分自身も大事なことは何でも本気でやりたいし、身近な人にはそれを期待してしまう。だから、大事なことに対して適当だったり手抜きだったり努力を感じなかったりするのが嫌なんだなーと。自分は、ちゃんと生きてる人と一緒に生きていきたいと思っている。そういえば結婚しようと思ったのもそれが一番の理由だった。彼女たちはとても真剣に生きていると八年前に思ったのだった。

 

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まじめに全力で生きることを期待する。別に無理してほしいわけじゃなくて。能力も経験もスキルも違うからね。でもそれでも、ちゃんと力を尽くしてほしい。それだけでいい。ちゃんとみんな頑張ってるって信じたいだけなんだよなー。そしたら何も聞かなくていいし、疑わなくていい。ネガティブなコミュニケーションコストをゼロに出来るんですもの。

人はただ生きるのみにあらず。自分以外の誰か、何かのために力を尽くすことで社会はよくなっていくはずなのだ、と最近ほんとにおもってるのです。まる。